感應寺について

感應寺 開山の由来

当山は、元久2年(1205年)真言宗の僧、空念によって開山されたと伝えられています。

正応元年(1288年)三位公日進上人が、当地巡錫の砌、法論を決して日蓮宗に改宗。
かつては塔中に蓮明坊・是林坊の二院を擁し、中本寺として重きをなしていました。

感應寺にある有形文化財

江戸川区登録有形文化財「賢性院日是大徳筆子塚」
塔中『是林坊』 の『賢性院日是大徳』の『筆小塚』が、歴代廟の中にあります。

※筆子とは…寺子屋の生徒を筆子と言い、成長した筆子が師匠を偲んで立てた石碑を『筆小塚』と呼んでいます。

江戸川区指定有形文化財「梵鐘」
元禄11年(1698年)鋳造の『梵鐘』は、名工:藤原正次の作で、江戸川区内に現存する最古の名鍾であり、戦時供出を免除されています。
感應寺にある2つの有形文化財「梵鐘」と「賢性院日是大徳筆子塚」は、江戸川区の旧街道、旧河川をテーマとした区内の文化財・史跡を巡るコースでも紹介されております。
涅槃図(ねはんず) 登録文化財の他にも貴重な文化財がございます。

■涅槃図(ねはんず)

仏涅槃の悲嘆の情景を描く画図を仏涅槃図(略して涅槃図)といいます。

感應寺の涅槃図は、元禄年間(1688~1703)第16世、日全上人の代に描かれたものです。
その後、文政9年(1826)第28世、日全上人の代に1回目の修復、平成20年(2014)第38世、日裕の代に2回目の修復をしています。
掛軸の寸法は横207.5cm、縦345.5cm、特大の絵図で天井裏の高い所から提げて拝んでいます。

感應寺の再建

本堂、鐘楼堂、客殿、庫裡などすべての堂宇は、
平成20年に再建しました。

本堂・鐘楼堂は、木造で欅と桧木を使用し、屋根は銅板平葺き、壮厳な伽藍が完成しました。 客殿・庫裡は、躯体が鉄筋コンクリート壁構造の堅固なもの、内部は和風造りにいたしました。 境内は優れた植木職人の手で大きな松の古木を移植し、更に植樹を加え、広々とした空間を設け、心安らぐ美しい庭園がよみがえりました。
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